筑波大・稲垣和希さんに聞く、子どもの力を引き出すスポーツ指導――ニュージーランド発「Balance is Better」が日本へ

「勝ちたい」と思うことと、スポーツを楽しむことは両立します。では、子どもが成長し、長く競技を続けられる環境を、大人はどうつくればよいのでしょうか。おやスポは2026年9月、スポーツ心理学・健康心理学を専門とする筑波大学の稲垣さんに話を聞きました。

話題の中心は、ニュージーランドの「Balance is Better」です。ニュージーランドは、人口約530万人ながら、2024年パリ五輪で金メダル10個を含む計20個のメダルを獲得したスポーツ大国。同国は、子どもを早くから一つの競技に絞らせたり、勝利への圧力を強めたりすることを見直し、競技団体が連携してスポーツ環境を変える取り組みとして「Balance is Better」を推進中です。そして、2026年9月には日本でも、5つの競技団体と日本スポーツ協会による「BALANCE IS BETTER JAPAN」が発足しました。

専門家プロフィール

稲垣和希さん(筑波大学体育系助教)

小学生からサッカーを始め、筑波大学体育専門学群に進学後は蹴球部に所属。同大大学院に進学し、スポーツ・健康心理学分野で博士号を取得した後、オーストラリアのクイーンズランド大学で客員研究員を務めた。ジュニア期のスポーツ政策(部活動改革)、ウェルビーイング、アスリートへのメンタルサポートなどに関する研究・実践に従事。筑波大学の「マルチスポーツ」プロジェクトや、つくば市の部活動改革にも携わっている。

参考文献

  1. Sport New Zealand, Key evidence and research underpinning Balance is Better 

稲垣さんが問う「子どもは何のためにスポーツをするのか」 

稲垣さんの問題意識は、スポーツを通じたウェルビーイングにあります。取材では、日本のスポーツ現場について、目先の勝利を重んじるあまり、子どもがスポーツから得られる楽しさや充実感を後回しにしていないか、と問いかけました。

そこで保護者と指導者に共通する原則として挙げたのが、「子どもの自己決定を阻害しない」ことです。競技を選ぶときも、練習への取り組み方を考えるときも、まず本人が何をしたいかを確かめます。「こうしなさい」と指示を重ねれば、子どもはプレッシャーを感じ、スポーツから離れていく恐れがあると稲垣さんは話します。

もちろん、子どもに何も教えないという意味ではありません。大人には選択肢を示し、安全を守り、必要な技術を教える役割があります。そのうえで「次はどうしてみたい?」と本人の考えを聞きます。稲垣さんが重視するのは、子ども自身が取り組む理由を持てる関わり方です。

研究面でも、この方向を支持する知見があります。体育教員・ユーススポーツ指導者への介入を扱った21研究のシステマティックレビューは、子どもの自律性を支える指導と、自律的な動機づけとの関係を整理しています。ただし、特定の声かけを一度行えば競技成績が上がる、という結果ではありません。

ニュージーランドは何を変えたのでしょうか

Balance is Betterの特徴は、一人の優れたコーチの指導法にとどまらず、競技団体が共通の方針を持ったことです。稲垣さんも取材で、日本が学べる点として、競技の垣根を越えて環境をつくる「仕組み」を挙げました。

ニュージーランドでは2019年、ラグビー、クリケット、サッカー、ホッケー、ネットボールの5団体が共同で方針を表明しました。取り組むのは、子どもが複数の競技を経験できるようにすること、過度な練習負荷を見直すこと、代表選抜や大会のあり方を検討することが含まれます。2021年には、さらに10団体が加わりました。

背景には、子どもがスポーツを続けやすい環境をつくるという課題がありました。Sport New Zealandの資料によると、学校スポーツに意味のある形で参加する生徒の割合は、調査上56%から51%に低下していました。また、身体活動の推奨量に達していない若者の66%は、スポーツを含む身体活動を「もっとしたい」と答えています。参加したい気持ちがあっても、続けられる環境が整っているとは限りません。

競技の形式を変えた例もあります。ニュージーランドのネットボールでは、小・中学年年代の試合を7対7から5対5に変更して比較したところ、成功したシュートは平均8.9分に1回から3.1分に1回となり、成功したパスも50%多くなりました。少人数にすることで、一人ひとりがボールに関わり、判断するという貴重な機会を増やすことができたそうです。

「楽しむ」は、勝負を諦めることでしょうか

稲垣さんは取材で、「楽しさ」を重視する方針は、勝利を目指さなくてよいという意味ではないと説明しました。試合では勝ちたいと思い、懸命に競います。そのために、朝から晩まで練習したり、一年中同じ競技だけに取り組んだり、暴言で選手を動かしたりする必要があるのかを問い直すという話です。

「厳しい練習を経て成功した選手がいる」という例についても、稲垣さんは慎重でした。「それは生存バイアスによるレアな事例ではないか」と。つまり、同じ関わり方で競技をやめた子どもの経験は表に出にくいためです。少数の成功例だけを根拠に、すべての子どもに同じ方法を勧めることはできません。

ニュージーランドの競技力の高さも、施策の成果として短絡的に結びつけるべきではありません。Balance is Betterの開始と国際大会の成績との因果関係は、今回確認した資料からは判断できません。一方、Sport New Zealandの2024~25年調査では、若者が身体を動かす理由の最多は「楽しいから」78%でした。競技力と参加の広がりを考える際にも、子どもが何を求めているかは外せません。

日本では6団体が動き出しました

2026年9月2日、日本サッカー協会、日本バスケットボール協会、日本ハンドボール協会、日本ラグビーフットボール協会、全日本軟式野球連盟、日本スポーツ協会が「BALANCE IS BETTER JAPAN」の発足を発表しました。筑波大学体育スポーツ局は協力団体として参加しています。

掲げるメッセージは、Less Pressure(追い詰めるのはやめよう)、More Collaboration(多様な年齢・競技・チームの人と一緒に活動しよう)、More Fun(楽しいから続けられる、楽しいからチャレンジできる)の三つです。今後の予定には、複数競技の体験イベント、競技団体間の共通プログラム、指導者の研修・交流などがあります。現時点では発足と方針の公表の段階であり、各地域のクラブにどこまで広がるかは、これから確かめる必要がありますが、子どものスポーツをとりまく環境が変化していると認識するべきでしょう。

保護者が今日から見直せる、試合後の会話

稲垣さんが保護者の関わり方として取り上げたのは、試合後の帰り道でした。車の中で「あの場面はなぜパスしなかったの」と反省を求めるより、まず「今日、何が一番楽しかった?」と聞きます。本人が話したければ、できるようになったことや次に試したいことにも耳を傾けます。Balance is Betterの保護者向け記事でも、帰路の会話を見直すことが勧められています。

チームを選ぶ際にも、成績だけでなく、子どもがどんなスポーツ体験をできるかを判断材料にしたいところです。稲垣さんは、保護者がコーチを人として信頼できない場合は「黄色信号」だと話しました。本人がそのチームで何を楽しみ、何に困っているかを聞き、家庭が望む経験と照らし合わせます。身近に別のチームがない家庭もあるからこそ、まず判断の軸を持つことが出発点になります。

PAGE TOP